Tumblrで『アナと雪の女王』のハンス王子について、興味深い解釈を読んだので許可を貰って翻訳しました。(本編をほぼ全てネタバレしてますので未見の方はご注意ください)
Tumblrに投稿されていた元の記事はこちら。
以下はど素人のざっくり拙訳なので、英語の分かる方は原文を読まれた方が分かりやすいかと思います。
鏡としてのハンス王子
『新スタートレック』の「究極のパートナー」というエピソードで、カマラという名の女性がU.S.S.エンタープライズ号に乗り込みます。彼女は非常に優秀なエンパス(共感能力者)であり、どのような状況でも、影響された他人の感情を反映します。
それゆえ、頭脳明晰なピカード艦長といるときには彼女は知的で冒険心に溢れた女性になります。動物的なクリンゴン人のウォーフといるときは原始的に、女たらしのライカー副長といるときは、刺激的で誘うような態度になる… などなど。
これは、『アナと雪の女王』のハンス王子の本質でもあります。
そう考えると、彼のキャラクター性についての混乱も解消されます。なぜなら彼は全く「キャラクター」ではないのです――物語が示す範囲において、本当のハンスというものは存在しないという意味において。
ハンスが登場する全てのシーンにおいて、彼は誰かしらと相互に影響し合う関係にあり、相互関係にあるキャラクターの特性や気持ちを取り入れます。彼はエンパスのように、周囲の感情を反映します。そしてそれ以上に、彼は他人の思いを具現化し、希望や恐れを人格化するのです。
ハンスが登場する最初のシーンで、アナは完璧な王子様を夢見ています。そしてそこへ、まるで彼女の意志が召喚したかのように、どこからともなくハンスが現れます。彼はアナととても良く似ています。少しぎこちないけれど愛嬌があり、誰かに出会うことをとても喜んでいます。まるでアナと同じように、彼もまた新しい誰かと出会うことを夢見ていたかのように。
アナは夢みるようなほころんだ表情でその場を去ります。そして、このシーンの最後でのハンスもまた、彼女と同じ表情をしています。彼は彼女の表情を反映しているのです。
次に、戴冠式のパーティではアナはエルサとの関係を修復しようとします。けれども、アナの安全のためにも、エルサはアナの期待に応えることができません。そのすぐ後、アナはまたハンスに出会います。この時、ハンスはアナのもっと深い関係を築きたいという欲求を映し出します。13年間も隔たれて過ごしていながら、アナがエルサと絆を深めたいと願っていたのと同じように。
ハンスはアナが何を求めているのかよく知っています。それは、誰かと受け入れあう関係です(an open-door relationship)。ハンスは「兄弟から無視される」という、アナと同じ苦悩を味わってきたと言います。彼は時計のシーンでアナの動きを真似、また彼はアナと全く同じ言葉を繰り返します。「ちょっとおかしなこと言ってもいい?(Can I say something crazy?)」「おかしなこと言ってもいいかい?(Can I say something crazy?)」二人のラブソングでは、彼らは何度も何度も、同じ言葉をお互いに歌いかけます。
エルサが魔法の力を放ってしまったシーンで、興味深い瞬間があります。エルサとハンスがお互いを見やるのです。エルサは不安げな表情で見上げ、ハンスもまた同様に不安げな表情を浮かべて顔を上げます。この瞬間、彼はエルサの感情を反映しているのです。
アナがエルサを追いかけることを決めたとき、ハンスは彼女と同じ行動をとろうとします。「僕も一緒に行く(I’m coming with you.)」けれどもアナはハンスを彼女自身の代わりとして残します。そして彼は、アレンデールにおける彼女の分身、鏡像として機能することになります。
アレンデールの統治者として、人々がハンスに優しさをもって接するとき、ハンスはその優しさを反映します。けれども公爵が敵意を持って自分の優位性を示そうと彼に接するとき、ハンスは公爵の尊大さを反映し、自分の権限を主張します。
氷の宮殿でマシュマロウ(エルサが作り出した雪のモンスター)に立ち向かうときですら、彼は雪のモンスターの残忍さや戦いの技術を反映します。マシュマロウが氷のつららを生やすように彼も自分の剣をとりだし、雪だるまの暴力性を反映することによって、エルサの強力な雪の歩兵を倒すのです。
宮殿の中でエルサに出会ったとき、彼はエルサが長年に渡って抱いてきた恐怖を反映させます。「人々が恐れているようなモンスターになってはいけない!(Don’t be the monster they fear you are.)」彼はエルサを代弁し、彼女自身の感情を言葉にします。まるで彼女に共感しているかのように。
彼の次の行動も、鏡的です。衛兵の一人がクロスボウを射ようとするとき、ハンスは衛兵のクロスボウを掴み、彼と共に弓を射ます。彼らは同じ引き金に手をかけ、お互いの動きを映し、同じ動きをすることによって、双子のように武器を扱うのです。
ハンスが牢の中でエルサに会うとき、彼の雰囲気はエルサと似ています。彼はエルサの隣に座り、悲しみと不安の表情で話しかけます。「お願いだから、冬を終わらせてくれ(Stop the winter. Please.)」もしかしたらエルサ自身、このセリフを同じ口調で口にしたかもしれません。この瞬間、彼はエルサと同じくらい心優しい人物に見えます。彼はエルサの感情と振る舞いを反映しているのです。
次に来るのはもちろん、図書室のシーンです。ここでハンスが「本当の」姿を現したと考える人もいるかもしれません。けれども、そうではありません。ここでも彼は鏡としての役割を果たし――アナを反映しているのです。
アナが城に帰ってきたときの彼女の言葉を考察してみましょう。
HANS: What happened out there?
ハンス:「何があったんだ?」
ANNA: Elsa struck me with her powers.
アナ:「エルサの魔法が私を傷つけたの。」
HANS: You said she’d never hurt you.
ハンス:「彼女が君を傷つけることはないと言ったじゃないか。」
ANNA: I was wrong…She froze my heart.
アナ:「私が間違ってたわ……エルサは私の心を凍らせたの。」
アナの供述は実際にあったことを歪めています。エルサの魔法がアナを襲ったのは、エルサが無意識のうちに、望まずにしてしまったことです。アナが傷つくことになったのは、アナの安全を願うエルサの懇願にも関わらず立ち去ることを拒んだという、アナ自身の行動の結果だったのですから。
けれども、他者の感情を察する洞察力に欠けたアナには、氷の宮殿での事件がなぜ起こったのか理解できません。彼女は自分が姉によって傷つけられた、裏切られたと誤解してしまうのです。
そして次にハンスがすることはなんでしょう?彼はこれを反映します。彼はアナを傷つけ、裏切るのです。
姉からの予想しなかった裏切りというアナの思いは、ハンスに彼女に対する予想外の裏切りを繰り返させることになります。またしても、彼はアナ自身の言葉を繰り返します。「あなたはエルサに勝てっこない(You’re no match for Elsa.)」「エルサに勝てなかったのは君だ(No, you’re no match for Elsa.)」このとき、彼は手袋を外します。アナが氷の宮殿でエルサに裏切られ、傷つけられたと思ったときに、エルサが手袋をはめていなかったのと同じように。
次のシーンで、臨時に開かれたアレンデール議会では、ハンスは厳粛な表情をしています。そして、その他の議員たちと同じように、アレンデールを救うために必要ならば非情な手段を取ることも辞さないという構えを見せています。――たとえ女王を殺すことになろうと。この前のシーンで、議員たちは彼に英雄の姿を見ています。(「アレンデールはあなただけが頼りです」”You are all Arendelle has left.”)アナが映画の冒頭で「運命の人」に会うのに憧れていたように。そしてハンスは彼らの望む英雄像を反映します。彼がアナの望んだ完璧な王子様像や、愛されていたはずの人からの裏切りを反映したように。
入り江のシーンでは、ハンスは再びエルサを反映します。このシーンで彼がエルサに向かって叫ぶとき、エルサ自身とおなじく、ほとんど半狂乱のように目を見開いていることに注目してください。
この瞬間のハンスは、何者としての姿を映しているのでしょう?ここでの彼は死刑執行人です。自らの魔力のせいでアナが死んだと告げられ、エルサはまさに自分が死刑執行人になってしまったと信じこんでいるのですから。エルサは自分が死神だと信じ込み、ハンスはその姿を鏡のように映しだします。彼は死神になり、鎌を手にした骸骨のように剣を振りかざします。
映画の終わりに牢に閉じ込められるシーンで、ハンスは初めて一人になります。この瞬間には誰も映し出す他人はおらず、彼はバッテリーのない機械のように地面に沈み込みます。他人との関連によってのみ存在するエンパスと同じように、彼もまた自立した個としての存在ではないからです。――少なくとも、映画から観客が関知できる範囲内では。
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ハンスが矛盾する様々な解釈を呼び起こすのも無理はありません。ハンスという存在は、「本当の」ハンスという存在は、どこにもないのです。図書室のシーンですら。『アナと雪の女王』で、ハンスが登場する全てのシーンにおいて、彼は他のキャラクターの鏡として機能します。彼らの感情や思いを具現化するのです。
彼は誠実でないわけではありません。むしろその反対です。彼はどの瞬間も反映する人たちに誠実なのです。ある瞬間には真摯に愛し、またある瞬間には真摯に優しさを見せ、そしてまたある時には死刑を執行します。彼の人格は「共感」であり、自分の傍にいる人を映し出すのです。
「ハンスって誰?」とオラフは尋ねます。その答えは、人ではなく、キャラクターでもありません。彼は鏡なのです。それも、もしかしたら超自然的な鏡かもしれません――周りの人たちを、彼らの愛や恐れ、悪徳や美徳、人生や死を反映する鏡なのです。
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以上がKioewenさんの投稿に書かれていた内容です。アナに対してちょっと厳しすぎるかなと思うのですが、特にハンスの裏切りに対する解釈などは非常に目から鱗でした。
そして、ある程度この読みは当たっているようです。
このインタビューにおいて、監督の一人、ジェニファー・リーが「ハンスは鏡として設定されている」と明言しています。
Jennifer: He’s very talented. He’s charming. He mirrors everyone. And actually the original story had a lot to do with mirrors. And in many iterations of the story we talk about mirrors and we bring them up. And so I held on a little to that, what Hans is is a mirror as a lot of charming, but hallow or sociopathic.
ジェニファー:ハンスはとても優秀で魅力的です。彼は鏡のように他の人たちを反映するんです。実は、原作では鏡がとても重要なんですよ。(※)ストーリーを書き直す中で、私たちは鏡について話し合い、物語の中に持ち込みました。私はハンスの本質を鏡にしたのです。彼はとても魅力的だけれど、空虚でソシオパス的です。
Aline: [It was like Anna fell] in love with her reflection in the pond, yeah.
アリーヌ:(つまりアナは)池に映った自分の姿に恋をしたようなものね。
Jennifer: Yeah, exactly. And he mirrors her and he’s goofy with her. He’s a little bit more bold and aggressive with the Duke, because the Duke is a jerk, so he’s a jerk back. And with Elsa he’s a hero.
ジェニファー:そう、その通りです。ハンスはアナといるときには、アナを反映しておどけています。公爵といるときには、彼はもう少しふてぶてしくて攻撃的になります。公爵は嫌な奴だから、彼も嫌な奴になる。そしてエルサといるときには、彼は英雄的です。
(※)ハンス・クリスチャン・アンデルセンの原作「雪の女王」では、物語の冒頭に悪魔が作った鏡が登場します。この鏡の欠片が目に入ると美しいものが歪んで見え、欠片が心臓に入ると心が氷のように冷たくなってしまいます。ハンスの心が「凍っている」のは、彼がまさにこの悪魔の鏡を象徴しているがゆえなのかもしれません。