はい、というわけで実写版『ムーラン』を見ました。
「逃亡犯条例」に端を発する香港のデモについて主演女優が香港警察支持を表明したことで「『ムーラン』をボイコットしよう」という運動が起こり、劇場にさんざん宣伝うたせておいてディズニープラスでの配信オンリーに切り替え(!)、通常の月額に加えて3,000円(!!)、追加料金の支払い方法はd払いのみ(!!!???)という「こんな阿漕なやり方に金払ったら味をしめてまたやるぞ、調子に乗らせるな」という機運が一部の映画ファンの間で高まる中、見ました……実写版『ムーラン』を。罪悪感がすごい。私は悪い消費者です…….。
本編以外の話はこれくらいにして肝心の映画ですが、いやこれ……かなり良かったです。少なくとも、ディズニーアニメの実写リメイク作品の中ではトップレベルに良く出来ている。
以下、ネタバレありの感想です。
○ムーラン
ムーランのキャラクターは、アニメからずいぶん変わっている印象を受けました。まず、アニメ版のムーランはおてんばではあるものの、特に戦闘が強いわけではない(そのぶん知恵と機転でカバー)のですが、今作のムーランは同じ隊の兵士よりも優れた実力を見せつけ、父親もムーランが生まれながらにして戦士の素質を持っていることを認めています。
また、アニメ版ではムーランはわりと粗忽でそのためにドタバタが起こったりしていたのですが、アニメ版では(幼少期はやや粗暴ではあるものの)人格的にはより高潔に描かれており、仲人さんの前で失敗してしまうのも妹を思っての行動が裏目に出てしまった、という展開になっています。
仲人さんの前で失敗してしまった後も、アニメのムーランは名曲「リフレクション」を歌って自分が家族の期待に応えられない辛さを吐露しますが、実写版ではこのシークエンス自体がないため、あまりムーランがクヨクヨしている感じがない。
アニメ版のムーランはべつに「完璧な花嫁にはなれなくても、軍人としてなら自分の能力を発揮できる」と思っていたわけではないので、「ほんとうの自分」を見つけるのは軍隊に入ってなしとげることなのか? というのがやや微妙だったところ、実写版は「男であれば評価されるはずの素質を持っている」というのを明確にしたことで、話の構成としては飲み込みやすくなっています。
今作のムーランの超人的なジャンプを多用するアクション、カッコいいんですよね~スターウォーズのフォース・ジャンプというか、中国の古装劇の霊術ジャンプみたいな。(中国ドラマに詳しくないため「陳情令」のイメージだけで語っています)
最後にムーランが軍隊を導き……というのが語られたのは、おっ、最近のディズニーのお得意路線、リーダーとしてのヒロイン像だね、というかんじですね。
でも、超人的なアクションができなくても、周囲に求められる役割を果たせず、けれども己が何を求めているのかも分からず、自分の不器用さ、なじめなさに傷つきながら生きていたアニメ版のムーランも、私はやっぱり好きだったな、と思うのでした。
○魔女
プリンセスよりも魔女に憧れていた女子のみんな、新たに魔女界のカリスマが誕生です。
実写版の新たな敵として登場した、コン・リー演じる魔女。彼女は物語上もビジュアルも重要な役を担っており、彼女のアクションシーン、変身シーンは今作の見どころのひとつです。なんといっても、ハヤブサをモチーフにした衣装がとてつもなくカッコいい。ハヤブサに変身することができる、というのはアニメ版の敵であるシャン・ユーの部下のハヤブサを元にしているからですね。
ちなみに「悪役がシャン・ユーじゃなくて魔女なのは、さすがに異民族(フン族)を悪役にするのは今時まずいでしょ~ってことで変えたのかな」と思っていたけど、そんなことはなかったぜ。柔然その他の異民族が悪役として登場します。
悪役の異民族は漢民族に土地を奪われた恨みを持っている者もいるようなので、単純に悪役というわけではないのかな? とも思ったのですが、その部分は特に掘り下げられません。まあ、マーケット的な意味でもいろいろ大人の事情があることが察せられますね……。
魔女の話に戻ります。『アナと雪の女王』でもエルサが悪役(魔女)になりかけたエピソードで「ヒロインと魔女は表裏一体」というのを描いていましたが、今作ではより明確に「魔女とムーランはコインの裏表である」と位置づけています。そうそう、魔女とプリンセスは表裏一体、「若い女」であるプリンセスがと年齢を重ねたその先の姿が「魔女」なんですよ……!!
今作のムーランは「気」という魔術のようなフォースのようなパワーを使えるんですが、魔女も同じ力を持っており、そのために迫害されていたことが語られます。
しかも「魔女」というレッテルを貼っているのは周囲の方である、魔女は世間から疎外されたものである、というのをきちんと描いているそして、ムーランは魔女を救済しようとしてくれる。(ムーランが説く救済の道noble pathが中国の皇帝を守ることなんかいというツッコミどころはある)
今までおとぎ話で「魔女」を悪役にしてきたのは誰だったのか、ということを、ディズニーがちゃんと言ってくれたのが嬉しい。そして、プリンセスと魔女は手を取り合えるはずだ、とも。(『マレフィセント』もそういう話だけど)
ムーランに「一緒に来い」という魔女と、魔女に「あなたもまだ正しいことが出来る」と手を差し伸べるムーラン、これは女同士の関係としてとても熱いですよ……。欲を言えばムーランと魔女の「気」を使った共闘アクションシーンを見せてほしかった。
○その他のキャラ
皇帝が自らノコノコ決闘しに出てくるか!? しかもめちゃくちゃ強いって何!? というのはツッコミどころですが、皇帝を演じているのはジェット・リーなのでしょうがないです。ジェット・リーなので。
新たに登場したキャラクターの一人であるホンフイくん、キャスティングのニュースを見たときは「ムーランと恋愛するのがシャン隊長以外なんてヤダよ~!! だったらもういっそ恋愛要素ナシでいいじゃん!!」と駄々をこねていたのですが、二人の恋愛(……に至るか至らないかくらいの関係)が、アニメ版のシャン隊長とムーランよりもよっぽど丁寧に信頼を積み重ねていく過程を描いているので、すんなり受け入れられました。落としどころも良いバランスだと思います。
「ムーラン」の脚本でいいなあ、と思ったのはこういうところで、元のアニメからの改編が、ちゃんと新しい物語を紡ぐための要素として機能しているんですよ。聞いてる? 元アニメのスキマを埋めることだけに腐心していて物語として機能していなかった実写版『美女と野獣』くん。
ストーリーのトーンは全体的にシリアスで、アニメ版のおふざけ要素はほとんどありません。ムーシューがいないのも大きいですね。
私はアニメ版の「舞台は古代中国なんだけど現代アメリカンなギャグを入れてみました」というノリ(たとえばハート柄のトランクスが写ったり、ムーシューが歯ブラシでハミガキしていたり、先祖の霊がディスコ風に踊ったり)が挟まれるのが苦手で、「やるなら真面目にやってくれ」と思っていたので、シリアスなトーンにして、真面目に中国してたのは正解だと思います。戦争が舞台の話だしね。
(同時期の作品『ヘラクレス』もわりと「現代ノリを挟むギャグ」なんですけど、あっちは作品全体のトーンがもっと軽いのでまだ楽しめる)
ただ、製作スタッフにアジア系が少ないのは『ブラック・パンサー』のときとはえらい違いだな~と思うので、もう少しどうにかできなかったんでしょうか。エンドソングもクリスティーナ・アギレラだし。
近年のアメリカ映画ではようやく東アジア系のキャラクターがフィーチャーされるようになってきたので(『クレイジー・リッチ!』、『好きだった君へのラブレター』、『ハーフ・オブ・イット』、『フェアウェル』など)、『ムーラン』もそうした「東アジアの文化リスペクト」の文脈でリメイクしたのかと思っていたんですが。
ビジュアルは絢爛豪華で美しく、かつ格式のある宮殿、雑然としているけれど目にも楽しいシルクロードの風景など、大作らしく美術も見応えがあります。
構図や演出もなかなか良くて、特に冒頭の柔然が地平線から登場するシーン、ムーランが王宮の長い階段を駆け上がるショットにはハッとさせられました。いやこれ……劇場の大きいスクリーンで見たかったなあ……。
あ、あと翻訳で気になったところ。ムーランがwarriorと呼ばれるところの翻訳が悉く「女戦士」になっていたんですが、なんでそんなことするかなー。「戦士」でいいじゃん。