Red Notebook 「ディズニープリンセスと幸せの法則」/アナ雪の「真実の愛」って結局なんだったの問題 忍者ブログ
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ディズニーとか映画とか。All I can say is this: listen to me. My name is Raito. That is not my real name.
2017年10月23日 (Mon)
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2014年12月27日 (Sat)

荻上チキさんの「ディズニープリンセスと幸せの法則」読みました。
「アナ雪」の革新性、ディズニープリンセスの変遷とそれに対して指摘されてきた問題点など、分かりやすくまとまっていて読みやすい一冊だと思います。
ただ、ディズニーが大好きで映画も原作もチェックしてるよ!ディズニーヒロインの変遷とかは頭に入ってるよ!って人からするとちょっと物足りないかも。

ディズニープリンセスをウォルト時代、90年代以降の第二次黄金期、「魔法にかけられて」以降の三つに分類して、それぞれプリンセス像がどのようにアップデートされてきたかが語られています。
ざっくりまとめると、「つらい境遇に耐え、王子様の助けを待つヒロイン」→「主体的に行動・冒険するヒロイン」「身分や種族を超えた恋愛」→「恋愛万能主義からの脱出」「悪役・異形なるものと社会の共生」ってかんじ。

面白いのは、ディズニープリンセスに留まらず、「シュレック」シリーズやピクサー作品についても言及していること。
「シュレック」シリーズはアンチ・ディズニーパロディの代表作なので、この作品によってディズニー作品が抱えている問題点がよりハッキリします。
そして、「シュレック2」でのチャーミング王子についての考察を読んで「やはり、これからのおとぎ話に必要なのは王子様が解放される物語なのでは……」と思いました。「シュレック」のチャーミング王子と「アナ雪」のハンス王子が抱えているものって、実は同じなんですよね。

ただ、プリンセスもの・おとぎ話もののにこだわらず、ピクサー作品についても言及するのであれば、第二次黄金期の時点で「恋愛の成就のみが主人公の幸せではない」「異形なるものと社会との共生」という図式を生み出していた「ノートルダムの鐘」を取り上げないのは片手落ちでは?という気も……。

嬉しかったのは、新たなディズニーが目指すべき指針の一例として、「リロ&スティッチ」のテレビシリーズを挙げていたこと。「リロ&スティッチ」は、ジャンバとプリークリーをゲイカップルのように描いていることからも分かるように、「家族にはいろいろな形がある」という、非常に現代的なテーマを描いているんです。

それからもう一つ言っておきたいのが、この本の前半部で語られている「アナと雪の女王」の読解について。これほど深く「アナ雪」を読み込んでいる人でも、ちょっとここ読み落としているのでは?と気になったのと、あまりに誤解している人が多くて前から気になっていたことなので、一度まとめて書いておきたいと思います。
それは、アナ雪における「真実の愛」がなんだったのか、ということ。
エルサの愛がアナの凍った心を融かした、と思っている人もいるみたいなので。

以下「アナ雪」のネタバレなので畳みます。

荻上さんは「姉妹が和解をすること」「それぞれの特性を受け入れること」がアナ雪における「真実の愛」だとまとめています。もちろんそれも間違いではありません。
しかし、この説明では物語の中でもっと直接的に描かれ、かつフェミニズム的にも重要な「真実の愛」の意味が抜け落ちているように思えます。


まず、便宜的に「真実の愛」と呼んでいますが、アナ雪における「真実の愛」とは正確にはAn act of true love、「真実の愛の行為」です。
原語ではトロールのセリフは"Only an act of true love can thaw a frozen heart."「真実の愛の行為のみが、凍った心を融かす。」となっています。
つまり、アナ雪における「真実の愛」は具体的な「行為」でなくてはいけないのです。
日本語訳ではこの「行為」の部分が抜け落ちているために「真実の愛」が何だったのかが分かりにくくなっています。

また、作中で「真実の愛」を定義し直している場面があります。
それは「姉妹の和解」とかいうフワっとしたものではなく、もっと具体的なものです。
それが、雪だるまのオラフのセリフ。
ハンスに裏切られ、「愛が何かも分からない」というアナに対して、オラフはこう言います。
"Love is putting someone else's needs before yours."
「愛とは、自分が必要としていることよりも、他の誰かの必要としていることを優先させること。」
これ、日本語訳では「愛って言うのは、自分より人のことを大切に思うことだよ」となっていて、やや不十分な印象。
この訳も誤解する人を増やした一因だと思います。

つまり、クライマックスにおいてアナが「自分が必要としていること」=「クリストフとキスをして救われる(とこの時点では思っている)」よりも、「エルサに必要なこと」=「エルサの命を救うこと」を優先したことこそが、「真実の愛の行為」なのです。

クライマックスに至る前に、アナは「真実の愛の行為」を経験しています。
オラフが言うように、クリストフはアナを好きだという自分の気持ちを押し込めて、アナをハンスに託します。オラフは自分の体が溶けるのも厭わず、アナを助けようとします。
しかし、それではアナの心の氷は融けなかった。
なぜなら「真実の愛の行為」は、アナ自身によって為される必要があったからです。

まとめると、アナ雪における「真実の愛」には三重のツイストがあります。

第一に、「真実の愛」は王子様とお姫様の間のものではない。
第二に、「真実の愛」は男女の間におけるロマンティック・ラブではなく、姉妹間の家族愛。
そして第三に、「真実の愛のキス」のように「女性が誰かから愛されることによって救われる」のではなく、「女性が愛することによって救われる」ということ。

この第三の部分を見逃している人が多いのが、どうにも残念です。

アナ雪ではマイノリティの苦しみを背負ったヒロイン像、というエルサの姿ばかりが注目され、アナというヒロインの革新性は無視されがちです。
アナはお転婆で夢見がちという、初期と第二次黄金期以降のプリンセス像を併せ持った存在として登場しますが、最終的に「真実の愛」を新たなステージへ導いた立役者は、間違いなくアナなのです。
彼女もエルサと同じくらい、「新しいプリンセス像」としての注目を浴びてもよいのではないかと思います。
以上、「アナちゃん大好き妹かわいいよ妹」派の意見でした。

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