「グーニーズ」「スタンド・バイ・ミー」を見て映画の面白さに目覚めてから10年以上経ちますが、この映画はその間私のオールタイムベストに君臨し続けた「スタンド・バイ・ミー」の場所を見事に掻っ攫っていってしまいました。初めて見た翌日に本国版Blu-rayを注文し、劇場では2週間しかない上映期間に4回見ました。
それに飽き足らず、本国の20周年記念版DVDとリミテッドエディションのBlu-ray、当然のごとく日本版Blu-rayも買う始末。映画ファンならば何種類ものソフトを買うのはたいして珍しいことではないけれど、普段なかなか円盤を買うことのない私がこんな状況に陥るというのは、本当に異常事態なんです。
あらすじ:売れない役者2人が田舎に休暇へ行きます
この映画にはストーリーというほどのストーリーはありません。
二人の売れない役者が金持ちの親戚をだまくらかして田舎へ休暇をとりにいき、すったもんだの末にロンドンへ帰ってくるだけのお話です。ちなみにこの作品はブルース・ロビンソン監督の半自伝的な映画で、登場人物にもそれぞれモデルがいるんだとか。
ダメ男二人のぼんくらブロマンスであり、基本はコメディ。
薬でハイになった主役2人の会話や、マスケット銃で漁をしようとする無茶苦茶さ、「僕」を見捨てて自分だけ良い思いをしようとするウィズネイルの清々しいまでのクズっぷりなど、クスクス笑えるポイントがいっぱいです。
そしてこの作品の最大の魅力は、クスクス笑いながらも、どこか心の底で切なさを感じる不思議な空気感です。その切なさが一挙に結実する、文句なしに素晴らしいラストシーンは圧巻。
狼の檻の前のハムレットと、拍手のように傘に振る雨。
この映画には、私の大好きな要素がこれでもかと言うほど詰まっています。
雨の英国、時代の終わりの閉塞感、青春時代の終わり、そして青春とともに永遠に置き去りにしてきたかつての親友。主役2人のキャラクターは本当に愛おしく、寝不足で目の淵を赤くしたポール・マッガンが気だるげにタバコをくゆらせ、ツイードのロングコートを着たリチャード・E・グラントがヒステリックに笑い転げる様を永遠に見ていたいとさえ思えます。
けれど2人のくだらない日々は、「終わってしまった」ことだから余計に愛おしい。
ウィズネイルはおそらく誰もが心の中に持つ、青春の痛みであり愛しさであると同時に、黄金の60年代を生き、そして時代とともに死んでいった者の象徴でもあるのです。
登場人物の一人、ダニーがこんなセリフを言います。
「気球に掴まると、選択を迫られる。そのまま上昇するか、手遅れになる前に手を離すか。いつまで掴まっていられるかが問題。」
気球に掴まったまま行ってしまったウィズネイルと、手を離した「僕」。ラストシーン、ウィズネイルが差し出す酒を断る「僕」と、ただ1人時代から醒めることができず酔い続けているウィズネイルが象徴的です。
そしてこの映画はウィズネイルのような存在へのラブレター、もとい別れ歌なのでしょう。
それをこれ以上ないくらいに表しているのが、パンフレットと公式サイトにも載っていた、ウィズネイルのモデルになったヴィヴィアン氏に対する監督のコメント。
「さようなら、最愛の友よ。この作品は永遠に君のものだ。そしてもし天国にパブがあるのならば、私は知っている。君はそこにいるだろう。そしてキーツが君に酒をおごっているのだろう。」